松戸史跡マップ研究会

        入会案内  一緒に歴史や民俗を楽しみませんか

 平成13年に公民館講座に参加した仲間が講座終了後に当会を立ち上げ活動を始めた団体です。
現在、私達の会では毎月1回の例会の他に次のような企画を立て歴史や民俗に興味を持つ
仲間同士の親睦を図っています。

① 月に1~2回 近郊市域の史跡見学会(通称:近郊散策会)を実施し、新しい知識を得て見聞を
  広めています。

② 松戸市内の史跡・遺跡等の文化財調査を行っています。

③ 年1回「市民講座・史跡巡り」を実施し、私達の活動成果を知っていただくと共に、
市民の皆様に松戸の歴史・史跡紹介を行なっています。

④ 会費 入会金 0円  会費・月 250円(年3000円)

⑤ 会員数  20名 

以上のような活動を行なっていますので、興味を持たれ、仲間に加わって一緒に楽しみたいと思われる
方は下記にご連絡ください。

  連絡先  TEL 047-387-3902 溝渕 碩治(ミゾブチ セキハル)

2016年10月11日

「古代東海道を歩く⑰:下総国府~上総国府③:京成津田沼駅~京成幕張駅」

秋を感じる気候の下、会員限定の近郊散策を参加者11名で、京成津田沼駅を出発し前回に続くコースを巡った。
(習志野市の見学地)
① 前回見学した東漸寺から鷺沼方面に向かった路傍に延享5年(1748)をはじめとした馬頭観音が並んでいる。明治以降のものは主として運送業者が建てたものである。
② 鷺沼城跡は小高い丘の上にある。ここには古墳があったということで房州石を使用した石棺が保存されている。房州石は、法皇塚古墳(市川)・栗山古墳群(松戸)・八幡神社古墳(柴又)、そして遠く離れたさきたま古墳群の中の将軍山古墳(行田)の石棺にもみられる。また、ここは、今回の目的地・古代東海道の駅家「浮嶋駅」の比定地の一つでもある。
③ ここから淡島神社までは下見の時に地元のお婆さんに案内された場所である。
まず、鷺沼小学校裏の寛政12年(1800)の青面金剛像庚申塔は地元の方でなければ絶対にわからない藪中のお堂にひっそりと佇んでいた。
④ 古社だという根神社を経た場所にある慈眼寺・観音堂には、享保11年(1726)の波切地蔵や享保2年(1717)の十九夜塔などが残っている。
⑤ 観音堂前三叉路には三面八臂の馬頭観音、そして近くの路傍角地には小さな石鳥居の奥に青面金剛像庚申塔が鎮座していた。
⑥ 裏道を辿った先の丘の上には八剣神社があった。地元の人によると、ここの辻切り行事は毎年3月1日に行われていたが、今年からは3月の第1土曜日に変更したそうである。昔ながらの行事が廃れていく中、時代の流れに合わせてでも続けていくことに感銘を受けた。
⑦ すぐ近くにある淡島神社を経た後は、国道14号線をただひたすら2km歩いて千葉市花見川区に辿り着いた。
(千葉市花見川区の見学地)
⑧ 14号線を分岐し房総往還に入ってから最初に出会ったのは路傍にある元禄9年(1696)の三猿庚申塔と享保元年(1716)の二童子付の青面金剛像庚申塔である。地域の人たちの信仰の深さが伺われた。
⑨ その近くに、以前、大日堂があったという墓地があり、風邪が治るということで地域の人々に信仰されていた風邪ひき地蔵がある。また、奥まった台地を上ると馬加康胤(まくはりやすたね)の首塚と伝わる大きな塚がある。その塚上には約3mの五輪塔がそびえていた。人名・馬加(まくはり)は幕張の地名の由来だという。
⑩ 子守(こまもり)神社は、下総三山七年祭に関係する九社のうちのひとつである。
⑪ 前述した大日堂にあったという大日如来が移されている宝幢寺には、下総断碑板碑や十九夜塔・青面金剛像庚申塔などがならんでいる。
⑫ 京成幕張駅近くの秋葉神社(昆陽神社)の道を挟んだ目の前には青木昆陽甘藷試作地跡がある。享保2年(1735)にこの地で甘藷の試作を始めたといわれる。
⑬ 京成千葉線を超えて暫く歩くと、これまた七年祭に関係する神社の三代王神社がある。急階段の男坂の麓には神社版結界石とでもいえる「懐盗心境内入者不遠可神罰」との珍しい文言を刻んだ石塔が立っていた。
⑭ 裏道の農道を歩いていくと作業中の90才台だという老人に行きあった。最後の見学地・真蔵院の場所を尋ねると、目の前にある自分の畑を降りた先にある旨教えていただいた。真蔵院には、今回楽しみにしていた、千葉県では有数の大きさ2.37mの高さを誇る武蔵板碑がある。また、これは永仁4年(1296)に造立されたものであり千葉県では3番目に古いものだという。
(写真は、真蔵院の板碑)
以上(Y.I記)