松戸市立博物館友の会

 松戸市立博物館友の会は・・・
 「楽しく学ぼう」をスローガンに、会員相互の交流を深めながら日本と郷土の歴史や文化を学ぶ会です。また、松戸市立博物館が主催する児童体験教室(米づくりなど)への支援活動を行っています。 過去と現在を結び、将来へつなぐ市民による文化・伝統への意欲ある自主活動です。お互いで学び、支え合っていきましょう。
◎年間を通して盛りだくさんの学習会や見学会、講演会を開催しています。いずれもネット・会報で募集・紹介してます。
(1)学習部会に入会して楽しく学びましょう(古文書部会・考古の会・松史会・中世東国講読会・縄文の会・はたくさの会)。
(2)歴史遺蹟・他の博物館などへの見学会(バス年3~4回・徒歩4~5回、会員優先)に参加して、市内外の史跡、遺跡を訪ねます。
(3)博物館(年3~4回)と友の会(7~8回)が主催、共催する講演会に参加して、知識を広めましょう。
(4)友の会会報(年6回、奇数月発行A4・8~12ページ)が届きます。会員は学習成果の発表やこだわり趣味を披露することができます。
(5)児童の年間の米づくりや、昔の道具・生活"体験"教室などの支援活動に参加して、子供たちと楽しく遊び、楽しく学びます。
◎年会費 一般(個人)会員3千円、準会員(中学生)500円、家族会員4千円、賛助会員1万円
◎会員数(1/1現在) 232名

◎問合せ先  友の会事務局(松戸市立博物館内) 椎野・綿引
〒270-2252 松戸市千駄堀671
TEL 047-384-8181代表 FAX 047-384-8194

2018年04月20日

新緑徒歩見学会:市川・国分寺~弘法寺~国府跡~和洋女子大~法皇塚古墳4/20終わる

 4/20(金)、友の会メンバー50人余で、市川市の国府台周辺の遺跡・古墳を
見て歩きました。緑あふれ陽光もさわやかな一日となりました。10時に北総線「
北国分駅」を出発し、昼食を千葉商科大学のカフェテラス(学食全国ナンバー3位
!)を利用し、前方後円墳の姿が残る法皇塚古墳から里見公園まで、しめて1万
8000歩のタップリの見学会でした。さすがに、くたびれもしました!!
 ◎市川考古博物館ー山路直孝学芸員から、{なぜ、律令時代にこの市川の地に
国府が置かれ、国分寺・国分尼寺がおかれたのか?}と、説明。古代の地形図か
ら、古東京湾と江戸川との水上交通の要衝だった市川国府台に納得。ちょうど来
館中の小学校の生徒らも、館内の歴史見学や屋外での昔の体験ににぎやかでし
た。ボランティアの指導員が楽しく声をかけていました。
 ◎下総国分尼寺跡・下総国分寺ー国府台の台地には、聖武天皇の頃(750年
代?)、七重の塔が建てられた。約60mの塔は海と陸から、相当な威容として、ラ
ンドマークにもなったはず。"塔は柱が赤く、瓦葺で、最上層の相輪は金色に輝い
ていました!"との弁者。尼寺も同時に造られたというのが、中国の模倣を超えた
発想という。
 ◎真間山弘法寺(ままさん・ぐほうじ)ー奈良時代、天平9年(737年)行基菩薩が
{里の娘・手児奈の哀話を聞き、その心情を哀れんで一宇を立て、求法寺〈ぐほうじ〉
と名付け手厚くその霊を弔われた}という。その後、弘法大師が七堂伽藍の再建(8
22~)、真間問答(1275年)、千葉胤貞からの寄進(1323年)、家康からの朱印(
1591年)などのエピソード。みどり、風格、眺望、遺跡、金剛力士像など、おすすめ
のひととき。枝垂桜は終わっていたのは残念。

 ◎記念写真は、いまはスポーツ広場となった下総国府跡の大樹下でパチリ。それ
までの「市川・松戸線道路」を西側へ横切り、和洋女子大学へ。一行のうち、急に張り
切りだした者が多く出て、守衛さんから、"まだまだ!"の制止のご注意もあり!。
女子高生方から手をふられたりして、17階のラウンジからの眺望へ。眼下の江戸川
の大河、春霞みのスカイツリー、いままで歩いてきた台地も一望できました。アイスコー
ヒーに満足まんぞく。16階の文化資料館では、新井祥子学芸員からていねい、にこや
かに展示品のご説明をいただく。構内や周辺からの出土品『宝相華文の瓦、新羅様式
の高坏、人像墨画の土師器など』コンパクトながら、わかりやすい展示。そして、{女性
に職業を}という建学の精神と実践からの、服飾の職業・専門家としての打掛・ドレスの
展示といったコーナー。さわやになるひととき。"また、あらためて個人で来まーす!!"
 ◎このあと、東京医科歯科大学(教養学部)の中に残る法皇塚古墳へ。全長60mを
越す前方後円墳が、高い樹木に包まれながらも周囲をひとめぐりできました。古墳後期
(550年~)の築造だとか。盗掘を受けたが、成人2体、大刀・小刀、金銅製の鞘尻金具、
馬具などが発掘されているそうです。太陽が大きく西に傾き出し、歩くのも、知識にも、
冗談にも疲れだしながらも、さらに最終の里見公園へ向かいました。(以下略)
 (企画・案内:友の会[考古の会]、解説:植木秀司・江藤政継・高田多規夫さん)