牧馬会

「牧馬会(まきうまかい)」は平成24年度ふるさと発見創造講座の受講生が結成した会です。
周辺の市町村に比べ特に都市化の進んでいる松戸に、むかし牧場があって多数の馬(野馬)が放牧されていたことを知り、その牧はどういうもので、なんのために野馬が放牧されていたのか、そしてその野馬はどこへ消えたのか、という疑問からスタートしました。
会の仲間はただ歴史が好きな人、現地案内の得意な人、聞き取りが上手な人、交渉ことがうまい人、そして馬(競馬?)に詳しい人などなど。

2019年02月20日

仙元宮

  散策 滝不動駅→仙元宮→御滝山金蔵寺→野馬土手(土手際遺跡)

仙元宮(お立場跡)
     享保(1716~1735)の頃、将軍吉宗がこの付近で鹿狩りをすることを指示したので
     船橋からの道を整備され、将軍が鹿狩りを観閲する御立場が造られたのですが
     実際には小金原で行う事になり、丘はそのままになって人々はこの丘を猪見塚と呼びました。
     明治2年に南三咲と呼ばれるようになり、台上には仙元神社が祀られるようになったのです。
     仙元宮の本殿、拝殿、富士講記念碑があります。開墾会社が解散した明治5年以後、
     地主たちが周辺の村の人達を入植させたものです。
     南三咲開墾100年記念碑が昭和44年に南三咲の人たちによって建立されました。
御滝山金蔵寺
     「御滝山金蔵密寺」の額のある山門は新しいものですが、脇に安永年間(1772~1780)の
     不動明王像が置かれています。長い参道の両側には西国八十八個所霊場を模した石祠が
     置かれています。旧本堂に上がってみると天井板に花鳥が描き分けてあり、かっての姿を偲ばせます。
     平将門とこれを打つ俵藤太の姿を描いたのもあります。海老川の源流の一つと呼ばれる
     滝不動の谷頭には湧水池があり今でも豊富な湧水量があります。
野馬土手(土手際遺跡)
     江戸時代、船橋地域の広大な台地上に野馬を育てる牧があり、ここ二和や三咲の地は小金下野牧の
     一部でした。村人の仕事は野馬除土手、勢子土手を築いたり、修復したり(土手普請)
     牧場内の泉や池の水が涸れた時に水を運んだり(水汲み人足)、1年に1度野馬を集める野馬捕りの
     勢子人足など多岐に亘ります(勢子土手)。新生馬は焼印が押され、払い下げ馬とそうでない馬と分け
     そうでない馬は再び牧に放されます。

        厳しい寒さが続くなか、雲の多い日でしたが寒さが和らぎ風もなく有り難かったです
        男性2人増員になり、今年は少し違った色合いになるのかしら、、、!!
        昼頃日差しが指してきて、ランチのビールはのどごしが良かったのではないでしょうか