牧馬会

「牧馬会(まきうまかい)」は平成24年度ふるさと発見創造講座の受講生が結成した会です。
周辺の市町村に比べ特に都市化の進んでいる松戸に、むかし牧場があって多数の馬(野馬)が放牧されていたことを知り、その牧はどういうもので、なんのために野馬が放牧されていたのか、そしてその野馬はどこへ消えたのか、という疑問からスタートしました。
会の仲間はただ歴史が好きな人、現地案内の得意な人、聞き取りが上手な人、交渉ことがうまい人、そして馬(競馬?)に詳しい人などなど。

2017年09月27日

本佐倉城跡 酒々井

      散策  本佐倉城跡 ~ 酒々井
 本佐倉城跡 
       文明年間(1469~1486)に千葉氏の居城として千葉輔胤によって築城される。以後百余年、本佐倉城(佐倉城)は
       天成十八年(1590)に豊臣秀吉により千葉氏が滅ぼされるまで、当主九代が居城し、下総の中心として君臨した。
       約35haの広大な地域には空堀や土塁など明瞭に残っており、重要な文化財として平成10年国史跡に指定されている。
  伝・酒の井の碑 伝
       酒々井の地名の起源となったと伝わり、孝子養老伝説として有名である「酒の井」を記念した伝・酒の井の碑
       この地は円福院神宮寺の境内である。
        酒の井伝説 昔むかし印旛沼の近くの村に年老いた父親と孝行息子が住んでおった。親思い息子は
                  毎日一生懸命働いて父親に酒を買っていたんじゃ。ある日どうしても酒を買う金がつくれずに
                  家に帰ろうとしていた、その時道端の井戸から何ともよい香りが「ぷうん」としてきた。
                  それは本物の酒だったんじゃ。帰って父親に飲ませると、「これはうまい酒だ。ありがたい、ありがたい」
                  たいそう喜んだ。ところがこの酒は息子以外の人がくむとただの水になってしまんじゃな。
                  この話が広まりこの井戸を「酒の井」と呼び、村もいつしか「酒々井」と呼ばれるようになったということじゃ。
    島田長右衛門家
       酒々井町登録有形文化財  店舗兼住宅一棟  木造一部二階建て 寄棟浅瓦葺  出桁造り
       江戸時代を通じて幕府野馬御用を勤めていた家で、かつては宅地裏に野馬会所と野馬払い場が続いていました。
       長右衛門家は明治政府になっても野馬御用を勤めていましたが、明治7年(1874)に野馬御用を辞し、呉服・太物
       足袋の小売問屋を開業しました。この建物は明治10年(1877)前後に建築されたものです。